研究と技術の進展が進む日本が、医学をはじめとするトップ論文数で世界の中で一歩進んだ—こう聞くと多くの人が「やった、すごい!」と思うだろう。しかし、建前の背後には、本音が潜んでいることを忘れてはいけない。果たして、この成果が私たち一般庶民にとって、何か実質的な恩恵をもたらすのだろうか。
新たな科技計画案に盛り込まれた「安保との連携」という言葉には、複雑な感情が湧く。政府が科学と安全保障を結び付けるという視点自体は理解できるが、果たしてそれが私たちの生活にどう影響するのか。おそらく、未来の国防のために「高性能AI」や「ロボット技術」が必要だという発想は、特定の企業には好意的に受け入れられるかもしれないが、一般の会社員がそれに直接関わる機会などほとんどない。要するに、高度な技術の話が進んでも、一般人の生活はあまり変わらなさそうだ。
さて、確かに科学技術の基本的な発展は国の成長に必須だ。しかし、このニュースを見て「これで年収が上がる!」と飛び跳ねる人はどれほどいるのか。自分の勤める企業が新しいテクノロジーに携わったとしても、そのリターンが個人のポケットにどう影響するかはまったくの未知数だ。結局、「皆が言うこと」や「国の方針」に流されて、自分たちの生活はどうでもいいのか? それとも、ただ政府の計画に従うだけの奴隷のような立場なのか?
加えて、もしこの計画が失敗した場合、誰が責任を取るのだろうか。政治家や官僚が「これからが大事だ!」と何度も繰り返す中で、私たち業界の現場にいる者たちがそのツケを払わされる未来が実際にあると思うと、思わず笑いが出てしまう。安全保障と科学技術の融和を謳う一方で、実際には目を背けたくなるような結果を招くかもしれないのだ。
こうした状況を見ていると、ますます「建前」と「本音」の乖離を感じずにはいられない。政府が打ち出す政策が本当に一般社会に落とし込まれるのか、あるいは企業の利益や政権の保身に使われるだけなのか、私たちが判断しなくてはいけない。結局、ブログやSNSで「すごいニュース」と盛り上がっている場合ではなく、冷静に内容を見極める必要があるのだ。
正直な話、このニュースを『他人事』で済ませるのは簡単だ。問題は、自分の仕事や給料にどう跳ね返ってくるか、だ。


コメント