永守重信氏の発言、「無責任野郎ばかりそろいやがって」は、まさに喝采するべき内容だ。責任を放棄し、結果を他人に押し付ける風潮が蔓延している現代社会において、彼の言葉は耳が痛い。こうした局面で、真剣に仕事をしている人間は心中穏やかではないはずだ。
表向きは、「責任を持つことが大切」と多くの人が口にする。しかし、周囲を見渡せば、言葉とは裏腹に、無責任な行動を取る者も少なくない。こうした現状では、建前論と本音が真っ二つに割れているのがわかる。特に、週刊SPA読者に多いであろう「自分一人ではどうにもならない」といった無力感が増しているのだ。
永守氏が指摘するように、責任を全うせずに問題を先延ばしにすることが、回り回って本来ならきちんと働くべき人々にツケを回す恐れがある。あれこれ文句を言うだけの無責任な存在が増えている中で、未だに誠実に仕事をしている自分が何だか損をしているように感じてしまうのは、現実逃避なのか。現実には、真面目な人ほど報われづらい社会なのかもしれない。
この話題に関連して、企業がよく打ち出す「責任ある行動」の呼びかけを耳にする。「誰もが責任を持とう」と言いながら、その実態は予算削減や責任逃れを考える人たちの顔がちらつくのは皮肉だ。理想と現実のギャップについて考える時間は、ひょっとすると私自身も含まれているのだろうか。
一方で、「無責任」と呼ばれる人たちの中にも、何かしらの理由があるのかもしれない。何のためにも動かなくなってしまう背景には、常にストレスが横たわっている。生活が厳しいと、仕事をどう楽しむかといった余裕など消えてなくなる。彼らが「責任」を恐れずに踏み出す姿勢を模索するのは、厳しい時代にただひたすら流されてなくても良いのだと思ったりもする。
そのためには、どのようにして責任を全うするか、あらためて問い直してみる必要がある。負のスパイラルに陥る前に、自らのポジションや給与に対する意識改革が求められているのだ。自身の雇用環境を良くするために、主体的に動くか、あるいは無責任に流されるか選択の時が迫っている。
正直な話、このニュースを「他人事」で済ませるのは簡単だ。問題は、自分の仕事や給料にどう跳ね返ってくるか、だ。


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