長寿社会が進む中、何もしないことが最大のリスクだという馬渕磨理子さんの発言が話題になっている。意外と心に刺さる言葉だが、果たしてそれが実生活にどう影響するのか、考えさせられる。安心しきった日常が、実は一番危ういのかもしれない。
一般的には「何もしないこと」が楽だと言われるが、実はそれが裏目に出る可能性が高い。仕事に追われる毎日、何もしない時間を持つことができないからこそ、意識しないうちに心身を蝕んでいるのではないか。建前では「ストレス発散が大事」と言いながら、本音では「安定した生活が最優先」という中間層の多くの読者にとって、この発言はどこか耳が痛いものがあるだろう。
長寿社会が進めば進むほど、人々は引きこもりがちになる。特に、30代から50代の中堅層は、家庭や仕事、社交のバランスをとった結果、意識的にアクティブさを失っていくのかもしれない。しかし、そうした日々の積み重ねが、次第に自分自身を「何もしない人」とする危険性があるのだ。簡単に言えば、年齢を重ねることで選択肢が狭まる一方、思考はますます受動的になるという矛盾を抱えている。
習慣を変えるのは少し勇気が要るが、現状維持がそのままリスクに直結するのは言うまでもない。では、どうすればいいのか。 “自己投資”や“ライフプランニング”といった言葉が一般化しているが、実際には何を始めたらいいのか分からない、中身のない提案ばかり目にする。コストパフォーマンスを考えると、むしろ自己責任が重くのしかかるような気もする。
アクションを起こすことは必要であるが、無理にでも日々忙しく動き回るというのもまた間違いだ。成果主義に縛られた企業という環境においては、成果を求められるがゆえに、どうしても「やらされ感」が漂う。楽しいことを見つけるために行動するのか、与えられた責任に応じて動くのか、本来は両立するべきなのに、どこかでそうした理想と現実が乖離しているのではないか。
さて、最後に一つ思うのは、「何もしないことが最大のリスク」と言い切る彼女の言葉の裏側には、我々日の当たらない場所で悩んでいる人々へのエールも含まれているのかもしれないということだ。まさかの生活に慣れ、妥協を重ねるだけの人生で終わってしまうことは避けたいと、本音の部分では誰もが思っているはずだ。
正直な話、考えどころだ。


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